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■藤前自然の権利訴訟　訴状■

　弁護団よりテキストの提供を受けました。
　籠橋隆明弁護士の、「藤前自然の権利訴訟」提訴にあたって　を、あわせてお読み下さい。今回の裁判の趣旨と骨子が解説されています。

　ホームページに掲載するにあたって、機種依存文字と改行コードの整理を行いました。文章そのものには手を入れていません。提訴直前までに変換ミス、句読点の欠落等の修正が加えられる可能性があります。
　※機種依存文字について：「①②③...」を「(1)(2)(3)...」に／「‡」を平方センチメートルに、など（編集責任：佐久間淳子）

訴状

　　　　原告及び原告代理人の表示　　　　別紙目録記載の通り。

　　名古屋市中区三の丸三丁目一番一号

　　　　　　被　　告　　　名古屋市長

　　　　　　　　　　　　　松原武久　

請求の趣旨

一　被告は別紙埋立事業目録記載の埋立事業に関する費用の支出命令をしてはならない。

二　被告は別紙目録の土地の所有権を放棄してはならない。

三　訴訟費用は被告の負担とする。

　との判決を求める。

請求の原因

第一　当事者

　一　別紙原告目録(1)の原告らは名古屋市民であり、本件について平成一〇年一〇月二日付け名古屋市監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づき、請求の趣旨と同様の措置を求めて監査請求をし、監査委員は平成一〇年一一月三〇日付けで、措置の必要性はないものと判断した。別紙原告目録(2)の原告らは同じく平成一〇年一二月一四付けで監査請求をした。

　二　被告は名古屋市長であり、名古屋港西一区内に別紙埋立事業目録記載の事業（以下本件事業という）に関する費用の支出を命じる権限を有し、別紙目録の土地（以下本件土地という）の所有者であると称して、同土地を管理する者である。本件土地は本件埋立事業用地及びその周辺の土地（海面下）である。

　三　尚、名古屋港管理組合は本件西一区は海であるから所有権は成立しないとして、名古屋市の所有権を否定する。

第二　本件の経緯

　一　藤前干潟

　藤前干潟は名古屋港西一区を中心にした、庄内川、新川、日光川の河口部一帯の干潟を指す。名古屋港及びその周辺部では過去三〇年間の臨海工業開発のために数千ヘクタールの干潟が埋め立てられた。昭和三九年当時と現在を比べると、干潟面積は約八分の一程度にまで減少させられてしまい、干潟であったところは全て埋め立てられている。その中で奇跡的に残った伊勢湾最後の干潟である。残る干潟を、さらにゴミ処分場として埋め立てることは、干潟環境の最後のまとまりを破壊するものといえる。干潟喪失に関する我が国の状況をみると、本件事業は我が国にとっても重大な損失を招くものである。

　藤前干潟はこれまでの埋め立てで追われた鳥たちが集まり、現在、シギ、千鳥類では日本最大級の渡り鳥渡来地になってる。藤前干潟に集まる鳥たちは春には北上して、シベリアやアラスカの大地で雛を育て、秋には南下して、東南アジアやオーストラリアで冬を越す。シギやチドリは、実に往復二万キロもの渡りをすると言われている。渡り鳥にとっては、繁殖地と越冬地それに中継地である藤前干潟は極めて重要な場所となっている。藤前干潟は国際的にも重要な湿地となっており、本件事業はこうした国際的価値をも破壊するものである。

　二　名古屋市港湾管理計画

　名古屋市港湾整備計画によると、一九六四年頃、名古屋港港湾管理組合は名古屋港西一区には内貿埠頭一〇五ヘクタールの埋め立てによる開発が計画された。一九八四年頃になって、名古屋市は西一区に土砂などの代わりにゴミによる埋め立て計画を立案し、そに伴い、港湾計画も埋め立て材が土砂からゴミに変更された。名古屋市の計画は当初一〇五ヘクタールであったものが、この暴挙に対する社会的非難を受けて、一九九二年三月には五二ヘクタール、一九九四年一月には四六・五ヘクタールと計画が縮小され、本件事業として進められようとしている。

　三　本件埋立事業に関する名古屋港管理組合と名古屋市との事務分担

　ところで、本件開発計画については名古屋市と名古屋港管理組合との間で事務分担が決められ、名古屋市は本件開発に関係する水没地問題の解決、廃棄物処理場建設などを引き受け、組合は公有水面埋立法に基づく免許の取得事務などを分担した。一九九七年三月二五日には協定書が締結され、開発完成後の埋立地は組合が所有権保存登記を行うことになっている。

　四　右協定を受けて、一九九三年六月ころ名古屋市は名古屋市土地開発公社に対し、

水没地である西一区の本件土地の取得を依頼し、同公社は一九九三年七月に白川不動産より登記簿上名古屋市港区南陽町大字藤高新田字千鳥六八四番地外とされている水没地一、一七七、三六一平方メートル（本件土地）を四、七〇九、四四四、〇〇〇円にて先行取得した。一九九七年七月、名古屋市は公社より本件土地を五、六九二、三九二、二四四円にて再取得した。港湾管理組合は公有水面埋立法に基づく手続きを進めているため将来西一区の土地を原始取得することから、一方で被告名古屋市長は名古屋市を代表しては本件土地の登記を閉鎖し、権利を放棄しようとしている。

　五　本件では埋立事業に対する社会的非難を受けた結果、環境アセスメントが実施

されている。このアセスメントについては名古屋市の費用にて、港湾管理組合が名義人として実施されている。そのアセスメントについては後に述べるように不完全きわまりないものであるが、それでも、一九九八年三月、名古屋市アセスメント審査委員会の被告名古屋市長に対する答申は『渡り鳥と干潟の生態系への影響は明らか』というものであった。同年七月には愛知県アセスメント審査会議答申が県知事に対してなされ、『渡りの成功率、環境への影響が想定される。』とのべ『干潟消失の歴史、国際的な重要性、内外からの保存要請に誠実な対応を』とのコメントが出された。さらに、ただし、『代償は損なわれる環境と等価なものを』と要請し、等価の代償措置は不可能であることから事実上の保全勧告が出されるに至った。

　六　しかし、一九九八年八月二〇日、名古屋市は港湾管理組合を利用して

アセスメント評価書をまとめ、『影響はあるが、代償措置でできるだけ少なくする』とした上で、評価書に翌二一日に『干潟の整備計画』を差込み、名古屋市は環境影響評価手続きを強引に終了させた。そして、被告名古屋市長は本件事業について名古屋市を代表して同日公有水面埋立法に基づく埋立免許を出願するに至った。尚、公有水面埋立法による埋立免許権者は港湾管理組合の代表者であるが、被告名古屋市長と同一人物である。

第三　藤前干潟について

　一　干潟とその重要性

　　１　干潟とは

　干潟は、内湾に流入する河川の河口やその沿岸に、河川流や沿岸流によって砂や泥が堆積して形成された湿地の一部である。湿地としては、潮汐に応じて冠水と干出を繰り返す潮間帯だけでなく、その海側の浅海域も含む（ラムサール条約第一条一項では、湿地の定義として、低潮時の水深が六メートルを超えない海域を含んでいる）。干潮時に干出する部分だけでなくその海側の浅海域も含めて湿地ととらえるのは、干潟は浅海域と地形的、生態的に連続しており、また、干潟は浅海域が沿岸流等よる堆積作用によって形成されたものであって、地質・地形時間的には変化しているからである。

　干潟はその形成形態から、河口干潟、前浜干潟、潟湖干潟に分類される。また、その堆積土粒子により、砂質干潟、泥質干潟などに分類される。

　　２　干潟の仕組みと重要性

　　(1) 干潟の仕組み

　干潟の地形的特徴は、干潟生態系を生み出す。

　生態系は、植物による無機塩類からの有機物生産（一次生産という）から始まり、それを動物が摂食して消費し、植物や動物の死骸等をバクテリアなどの微生物が摂食して有機物を分解して無機化し、この過程が繰り返される連続した系（システム）である。　干潟での一次生産の中心は植物プランクトン（藻類）である。干潟は、河川による陸地からの、沿岸流による海からの栄養塩類の流入が多く、また、その地形的特徴から、一次生産に必要な酸素と太陽光が豊富にあるので、一次生産量は多い。干潟の単位当たりの有機物生産量は熱帯多雨林を超える量であると報告されている。

　干潟には、前記した一次生産をする浮遊性藻類、付着性藻類、場合によっては大型藻類、泥の表面や下層で有機物を摂食する微生物（バクテリア）、小型底生動物（メイオベントス）、多毛類、甲殻類、貝類などの大型底生動物（マクロベントス）、これらを摂食する魚類、さらに、大型底生動物や魚類を摂食する鳥類、また、漁獲するヒトが、生産→消費のより上位に向かう生態系の流れとして生活している。この干潟生態系は干潟の機能や価値を考えるうえで重要である。

　干潟生態系の仕組みから、干潟には、(1)水質浄化、(2)魚類の産卵生育、(3)渡り鳥など水鳥の餌場、(4)漁場、(5)市民の自然との結びつきの場などの機能があり、これらの機能は関連しあっている。

　　(2) 渡り鳥など水鳥の餌場

　シギ、チドリがシベリアやアラスカを繁殖地、オーストラリアや東南アジアを越冬地、日本を中継地としているように、渡り鳥は国境を越えて地球規模で生活している。　渡り鳥は、体内に貯えられた脂肪をエネルギー源として渡り、つまり飛行をする。渡りの間は飛行をし続け、採餌は全くしない。中継地での採餌は越冬地等の次の飛来地への渡りをするためのエネルギー源の補給である。そこでの採餌によって、十分な脂肪を貯えられないと次の飛来地まで飛ぶことができなかったり、その後も衰弱して、死亡する。それは、渡り鳥の減少、消滅をもたらす。

　干潟は有機物生産性が高く、多くの底生生物、魚類が生息している。これらは渡り鳥など水鳥の餌であり、エネルギー源である。干潟に多くの渡り鳥などの水鳥が群がっているのは、そこの生物量が多いからである。日本の干潟は、渡り鳥の中継地の餌場として渡り鳥の生存、種の維持にとって不可欠である。

　次にも述べるが、渡り鳥などの水鳥は干潟生態系における最上流に位置する大型動物である。したがって、干潟生態系の機能を成立させる鍵因子であり、干潟の環境変化の指標である。渡り鳥などの水鳥は干潟の代表なのである。

　　(3) 水質浄化

　干潟生態系はそれぞれの段階で内湾の水質浄化をしている。内湾は、陸上での人の諸活動により、有機物、さらに、窒素やリンの栄養塩類が過剰に流入し、有機物汚濁が発生している。過剰な有機物流入による汚濁を一次汚濁、過剰な栄養塩類による富栄養化による有機物産出による有機物汚濁を二次汚濁という。水質浄化には、有機物量の減少（下水処理における二次処理がこれにあたる）、そして、なによりも栄養塩類の減少（下水処理における三次処理がこれにあたる）が必要である。

　第一の干潟の水質浄化は、植物プランクトン（藻類）の一次生産において栄養塩類が吸収され、減少することである。しかし、植物プランクトンのままでは、有機物が発生状態であって、それが上位の生物によって、摂食されなければならない。

　第二の水質浄化は底生動物による有機物の摂食によって果たされる。生物の餌の取り方（食性）によって、多様な形で水質浄化が果たされる。二枚貝などの水中の懸濁態有機物を摂食する濾過性食のものはその水中の有機物量を減少させる。干潟の表面や下層に堆積等している有機物を摂食するゴカイ、アナジャコなど底生動物や微生物の堆積物食性のものは、底泥の有機物を減少させる。

第三の水質浄化は、底泥の微生物の脱窒である。水に接する表面近くの酸化層にいる好気性微生物は、硝化・脱窒によりアンモニア態や硝酸態の栄養塩の窒素を分解して窒素にし、干潟系外の空中に放出する。

　第四の水質浄化は、貝類や底生動物を摂食する鳥類による採餌、漁獲する漁業によって、有機物やそのもとになる栄養塩類が干潟系外に取り出されて、干潟系から消失することである。この鳥類などによる有機物の取り上げは、前記の脱窒とともに、内湾での栄養塩類の減少に大きな役割を果たしている。これは、下水処理での三次処理に相当し、内湾の富栄養化を防止し、有機物汚濁を解決すために重要なことである。

　二、日本の干潟の状況

　　１、埋立による干潟の減少

　干潟は陸域に接する浅場であるため、その埋立によって安価に大規模な陸地が得られる。そのため、第二次大戦後の経済復興、特に高度経済成長期以降、産業基盤等のために、埋立によって干潟は失われてきた。例えば、海洋生物環境研究所『干潟の構造と機能に関する既往知見』によれば、一九四五年に日本全体で八万二六二一ヘクタールあった干潟は、一九八七年には五万三八五六ヘクタールに減少し、約三五パーセントが失われた。なかでも、東京湾、伊勢湾の干潟の消滅は大きく、東京湾は約九〇パーセント、伊勢湾は約六〇パーセントが失われた。

　埋立により干潟が減少した結果、内湾の環境は悪化した。水質汚濁が進行したが、それは、内湾に流入する汚濁物質が増えただけでなく、干潟が消滅したので、その水質浄化作用が働かなくなったことも原因の一つである。また、干潟を餌場とする渡り鳥が減少してきている。

　　２、残された干潟・渡り鳥の大規模飛来地の消滅の危機

　一九八〇年代には、多くの干潟が埋立によって消滅した。その結果、大規模で渡り鳥の飛来地として残された干潟は限られてきた。有明海の諫早湾、伊勢湾の藤前、三河湾の汐川、東京湾の盤州、三番瀬などである。

　しかし、これらの残された干潟はいずれも埋立によって消滅の危機にある。諫早湾干潟が一九九七年四月「ギロチン」によって締め切られ瀕死状態、このままでは消滅の危機にある。三番瀬にも埋立計画がある。

　三、藤前干潟とその重要性

　　１、藤前干潟

　藤前干潟は、新川・庄内川河口と日光川河口に挟まれた伊勢湾最奥部にある泥質の前浜干潟である。現在は名古屋港湾区域に属している。面積は干出基準標高をどこにおくかで違いがあるが、約一二〇～約八九ヘクタールである。

　藤前干潟の周辺には、庄内川・新川河口にも砂質の河口干潟が形成されており、その面積は約一八〇ヘクタールのである。藤前干潟と庄内川・新川干潟は、形態、土質を異にしながら、地形的、生態的に全体として藤前・庄内川干潟を構成している。

　伊勢湾奥部は、一九六〇年においても木曽川河口から最奥部にかけて干潟が広がっていた。この海域は名古屋港湾区域とほぼ重なっており、一九六〇年以降の高度経済成長期にたてられた名古屋港港湾計画などの埋立計画によって、干潟は、次々と埋め立てられてその殆どが失われた。一九七二年から埋立がはじまった西三区、西五区（合計約五〇〇ヘクタール）の埋立が終わった一九八三年以後は、庄内川河口から日光川河口の間の藤前干潟を中心とする藤前・庄内川干潟の約三〇〇ヘクタールだけになってしまった。

２、藤前干潟の生物

　(1) 渡り鳥などの水鳥

　藤前・庄内川干潟では、一三〇種余りの水鳥が観察され、そのうち六〇種ほどが毎年定期的に渡来する。種類数の多いのは、春の四、五月と秋の八、一〇月の渡りの時期、冬期であり、四〇種余りの水鳥を観察することができる。

　藤前・庄内川干潟では、シギ・チドリ類一万羽、ガンカモ類三万羽、水鳥合計四万六〇〇〇羽（いずれも最大羽数の和）が観察されている。特に、シギ・チドリ類は全国一斉調査での総羽数の一〇～一五パーセントを藤前・庄内川干潟が占めている。カモ類が渡来する冬期には、三～四万羽が観察される。年間を平均すると、一日に二万羽ほどの水鳥が観察される。

　藤前・庄内川干潟は、国際自然保護連合（ＩＵＣＮ）、国際鳥類保護連盟（ＩＣＢＰ）、国際水禽調査局（ＩＷＲＢ）により一九八九年に作成された国際的に保護すべき重要な湿地のリストである「アジア湿地目録」に掲載されている。また、藤前・庄内川干潟は、ラムサール条約（特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地関する条約）第二条規定の登録簿に掲載する国際的に重要な湿地についての水鳥を用いた判定基準の基準を満たしている湿地である。

　西五区などの埋立が始まった一九七二年以降、伊勢湾奥の水鳥は減少傾向のものが多く、特に、シギ・チドリ類個体数は約四分の一、シロチドリ個体数は約一〇分の一に減少している。渡り鳥は、体内に貯えられた脂肪をエネルギー源として渡り、つまり飛行をする。中継地での採餌は越冬地等の次の飛来地への渡りをするためのエネルギー源の補給である。渡り鳥は、採餌によって十分な脂肪を貯えられないと、次の飛来地まで飛ぶことができなかったり、渡れても衰弱したりして、死亡し、その減少、さらには消滅をもたらす。干潟の減少は、採餌面積、つまり、餌量の減少のみでなく、採餌密度などの採餌環境を悪化させるものであって、渡り鳥の採餌量の減少の原因となり、その減少要因である。伊勢湾奥の干潟の減少は、そこでの渡り鳥の減少をもたらしていると考えられる。

　藤前・庄内川干潟は、庄内川、新川、藤前の順で干潟面の標高が低くなっている。藤前干潟は約七〇cm以下の潮高（基準面・名古屋港平均水面下一四〇cm）でないと干出しない。鳥は庄内川→新川→藤前の順で干潟の干出に合わせて、移動して採餌している。藤前干潟が干出すると殆どの水鳥がそこに移動し、また、周辺からも移動してきて、最大の個体数となる。この傾向はシギ・チドリ類で著しい。

　干潟全体が干出して水鳥が自由に採餌場所を選べる時、水鳥の移動・採餌が多いということは、そこは、餌となるゴカイ、甲殻類、貝類などの生物が多いということである。藤前・庄内川干潟全体潟が干出した時、藤前干潟では水鳥の採餌が多いのは、そこに生存する生物量が多いからである。

　　(2) 干潟生態系の生物

　干潟では、前記一で述べたように、一次生産をする浮遊性藻類、付着性藻類、場合によっては大型藻類、泥の表面や下層で有機物を摂食する微生物（バクテリア）、小型底生動物（メイオベントス）、多毛類・甲殻類・貝類などの大型底生動物（マクロベントス）、これらを摂食する魚類、さらに、大型底生動物や魚類を摂食する鳥類が、生態系の上位に向かう流れを形成して、多数生息している。この干潟生態系は干潟の浄化機能を考えるうえで重要である。藤前干潟もこの干潟生態系を構成する多くの生物が生息している。

　一九八八年・一九八九年底生生物調査（半切りジュース缶）によれば、藤前干潟では、平均個体数／平方メートルで、ゴカイ一五〇〇・八一〇、小型ゴカイ二五〇〇〇・三二〇〇〇、ヨコエビ二〇〇〇・一二〇〇〇・ゴマツボ六三〇・五〇〇、二枚貝二九〇・三〇〇が観測された。

　また、藤前干潟では、付着性藻類の一つである底生ケイ藻類の総量（生細胞）は一九八八～一九九〇年調査で、二〇六万～三三九万個／平方センチメートルが観測された。これに対し、庄内川干潟の総底生ケイ藻類は三七万個／平方センチメートルであった。

　藤前干潟では、アナジャコが多数生息していることが確認されている。その藤前干潟の生息量は、藤前・庄内川干潟のなかでも、飛び抜けて多い。これは、最近になって判ってきたことである。アナジャコは、二ｍ以上の深い巣穴を掘って生活している。これは二つの点で重要である。第一は、アナジャコは堆積物食性であって底泥の有機物を摂食して減少させるが、通常の採泥器では採取されない。採泥試料をとって生物量を測定するときは注意をしなければならない。第二は、巣穴は水で満たされるので、底泥の水と接する表面積は、巣穴があり、巣穴が多ければ多いほど大きい。これにより、底泥の酸化層が増大して、好気性の底生動物、微生物の生物量の増大が可能となり、有機物減少、分解、脱窒による水質浄化が促進される。

　(3) 藤前干潟の水質浄化機能

　藤前干潟の生態系の働きは、海域の水質汚濁の浄化をもたらしている。

　第一は、浮遊生藻類や付着性藻類などの植物プランクトンが、干潟に流入してくる窒素やリンの栄養塩類を吸収して減少させていることである。内湾の有機物汚濁は、有機物の直接の流入（一次汚濁という）だけでなく、窒素やリンが過剰に流入して有機物汚濁が発生している（二次汚濁という）ことが問題である。藤前・庄内川干潟のなかでも、前記イのように、藤前干潟は付着性藻類の量が多い。

　第二は、動物プランクトンが第一のようにして発生した植物プランクトンなどを、二枚貝が懸濁態の、ゴカイ、カニ、アナジャコなどの底生動物が堆積態の、植物プランクトン、動物プランクトン、デトリタスなどの有機物を摂食して、有機物を水中や底泥から分離して、有機物量を減少させていることである。前記イのように、藤前干潟は、ゴカイ、アナジャコ、カニが多数生息しており、その量は藤前ー庄内川干潟のなかでも、飛び抜けて多い。

　第三は、微生物による脱窒作用により、アンモニア態、硝酸態の窒素が、気体の窒素へと分解されて、水域から空中に除去されることである。藤前干潟に多く生息しているアナジャコやゴカイの巣穴は、水と底面の接触面積大きく拡大して、好気性の脱窒菌の生息量を増大させる。

　第四は、渡り鳥などの水鳥の底生動物や魚の摂食により、有機物が水域から除去されることである。これにより、栄養塩や有機物を原因とする水域汚濁を干潟生態系の働きによって浄化する過程が完成する。渡り鳥などの水鳥は、水質浄化になくてはならないものである。

　名古屋港湾区域は、庄内川、新川などの流入河川によって、栄養塩類や有機物が過剰に流入している。また、名古屋港湾区域は、伊勢湾の最奥にあること、流入河川の流量がそれほど多くないこと、高潮防波堤があること、港湾浚渫が行われて深場となっている面積が多いことなどから、富栄養化、有機物汚濁、底層水の貧酸素化が生じやすい。藤前干潟付近でも、その西側水域は底層水の貧酸素化が発生しやすい。干潟はこのような水域の水質悪化を防ぐ機能をはたしている。、名古屋港湾区域では、藤前・庄内川干潟のみが残された干潟であり、藤前・庄内川干潟の区域内の水質浄化にはたす役割は大きい。

　３、藤前干潟保全がその賢明な利用である

　港湾は物資などの集散場所けではなく、人と海・自然との接点である。したがって、切り立った人工護岸、汚れた水では港湾として不十分である。干潟・浅海域など自然の状態があり、そこにやってくる鳥、魚などの生物がいて、また、それらよって、水質浄化がなされていて海である。そのようであって、人が海に近づきたくなり、港湾がその全ての機能を全うできるのである。

　名古屋港を始めとする港湾では、干潟・浅海域を次々と潰してきた。現在では、わずかに残された干潟・浅海域は、港湾にとって貴重な空間である。干潟・浅海域を保全し、拡大することが、干潟の賢明な利用であり、何よりも必要なことである。

　藤前干潟は名古屋港に残された貴重な干潟であり、その保全、拡大がその賢明な利用であり、必要なことである。

第四　「自然の権利」

　一　本件は「自然の権利」の理念を解釈の基準として展開する訴訟である。

　二　生態系における人間の地位

１　人間も含めて、自然界は多くの生物や山河、海、湿地などが関係を有機的に関係を持ち合い、空間的な広がりを形成している。生命は物理的環境や土壌中のバクテリアなども含めて無数の生命と関係しながら、環境に適応し、環境を変化させ進化してきた。このような生態系のメカニズムは生態学の発展によって明らかになってきた。生態学の世界では、これまで生態系の機能や構造を植物（一次生産者）、消費者（植食動物、捕食性動物）、分解者間でのエネルギーや物質の流れから説明する試みが展開された。さらに最近では自然界、生物群集の持つ多様な生物の持続的な共存を支える仕組み、構造を総体的にとらえるために自然物の個々の関係をより具体的にとらえる試みも展開されている。

　例えば、ある学者は生物の住み分けに次のように説明する。「生態系における生物群集の多様性を食物連鎖を通じての種間のエネルギーの流れと同時に住み場所から説明することにより具体的な『生態系』の説明が可能となってくる。・・・樹木にみられるように高山帯の灌木から熱帯多雨林の巨木までさまざまな形態を生じ動物に住み場所を提供している。植物の形態を反映して、広い空間にわたって一つの葉でミクロハビタット、さらに木の幹、枝など多様な住み場所が提供されている。・・・（それに応じて）地上部では、土壌の世界に比べて多様な生物の共生系ができあがっている。動物の形態、生活史、そして行動が進化してきた。」。ここでは、生物相互の関係を具体的に総体的にとらえるために、樹木、森の構造と生物の多様性の関係を説明し、多様な生物と環境、生息地の複雑で入り組んだ関係を共生という考えでとらえていこうとしている。そして、近時の生態学は生物の共生関係は人間も例外ではないことを明らかにしている。このように科学の発展、とりわけ生態学の発展は人間が特殊な存在ではないことを明らかにしてきたのである。

２　人間が長い進化の過程から生まれてきたことは既に常識となっている。しかし、生物は単に生存競争に勝ち残ってきたため今日まで進化してきたというのではない。複雑に相互に関連した生物のありようからすれば、自然界では生物の間の相互作用としての「系」が、うまく調和するシステムのみが存続してきたといえる。すなわち、「系」としての環境と調和が図れた種が進化し、進化の連鎖に加わることができたのである。人間もやはり環境に調和した結果ヒトという種として誕生してきたのである。このように考えれば、人間のみが孤立して発生したものではないことは明らかであるし、前記のような精密な生態学的探究により今日では人間を含んだ自然生態系は微妙なバランスの上に成り立っていることが明らかにされつつあるのである。

３　実際、人間は自然界より物質的、文化的、生物学的資源を得ていると言われている。人間の食物が自然に依存していることは言うまでもない。自然は人間の衣食住をはじめとする全ての経済活動に物的資源を提供する。また、自然は、自然を対象とする人間の科学的・文化的研究対象の情報源であるとともに、人間の精神的活動の基盤である。そのため遺伝子、種、生態系の多様性の減少は、文化の多様性の減少を招いている。多様な文化が、穀物や家畜における多数の品種をつくり出し、多様な生息地を維持してきた。同様に、ある穀物が消失したり、伝統的な穀物が輸出穀物に代わったり、宗教、神話、民族と結び付けている生物種が絶滅してしまったり、郷土が改変され質が低下することは、生物ばかりでなく文化の消失でもあることは明らかである。例えば、いわゆる先住民が生存している場所の多くは自然度の高いところであり、彼らはその土地を長年にわたって占有し、文化的、精神的、経済的なつながりを持つとともに、多くの場合、それはその土地を持続可能な形で管理する能力があることにもとづいている。多くの先住民が有している持続的文化は、実はけっしてめずらしいものではなく、わが国も含めて世界の全ての地域にあった文化でもあった。しかし、開発を中心とした社会の経済に呑み込まれ、豊かな精神文化が消滅の危険にさらされている。

　加えて、近時は生物は遺伝資源として検討が進められており、限りない可能性は認識されているもののその解明は始まったばかりであると言われている。自然は現代の人間にとり、了解可能な効用以外の多様な利益を人間にもたらす。現代の人間は自然界の構造とその機能のほんの一部分しか理解しているにすぎない。全体自然あるいは個々の自然物が、人間にとりどのような効用を有するのかは、今後の人類の経験の積み重ねと科学の発達を待つほかはない。

４　このような視点からすれば人間はけっして特別な地位になく、その存在は自然に深く依存している。原告らはこうした人間と自然との関係を捉えて、自然の権利と呼んでいるし、こうした依存関係にある故に自然を尊重せねばならないと考えているのである。

　三　干潟の危機、生物の多様性の危機

１　現代社会では自然は経済的にも正しく評価されていないと考えられる。生物資源には市場に出されることなく直接消費されるものが多いこと、生物の多様性がもたらす利益は、そのほとんどが「公共財」であって、誰かひとりが所有を主張できるものではないため、その利益は広く分散してしまい、考慮されにくいこと、自然生産物を持続的に収穫して暮らしている現地の森林生活者よりも、森林やその他の自然植生を開拓した人々に所有権が付与されやすいことなどから現代社会は自然物に正しい価値を与えていない。しかし、多様な自然は、その価値を正しく見積もれば、重要な経済的財産なのである。ところが、それが常に過少評価されるため、生物の多様性保全は軽視され環境破壊は地球規模で進行しているのである。

　既に地球上の全ての土地は既に人間の手によって分割されており、自然の浪費のために地球温暖化、フロンガス問題、酸性雨、砂漠化などが社会問題化している。大規模な商業的狩猟による野生生物の危機や乱開発によるハビタットの破壊による種の多様性が危機あることは常識となっている。アメリカ合衆国政府特別報告「西暦二〇〇〇年の地球」によれば、種の減少は日々一種から三種の動植物が滅び、今後の二〇年間で種が一五パーセントから二〇パーセント滅ぶと言われている。

　わが国においても開発－利権の構造の中で、無計画にダム、林道、ゴルフ場などの開発が進められ野生生物の生息地は深刻な破壊に見舞われている。日本は変化に富んだ地形、気候など豊かな自然環境を有しており、多種多様な動植物が生息しているが、社会、経済活動の拡大等により、豊かな自然は失われあるいは大きな変化を余儀無くされているのである。

　環境庁の基礎調査によると、森林地域は国土の六七・五パーセントを占めているが、自然草原、自然林からなる自然度の高い緑は、国土の一九・三パーセントでその六割が北海道に分布している。そして、自然林、二次林は徐々に減少している。さらに、環境庁第三回基礎調査によると調査対象四八七湖沼（一ヘクタール以上の天然湖沼）のうち昭和二〇年以降何らかの干拓・埋立の行われた湖沼は五七湖沼で面積が約三四四平方キロメートルとなっている。

　また、主要な、一一三河川の水際線一一、四一二、〇キロメートルのうち人工化された水際線（平水時に護岸など人口構造物と接している水際線）の総延長は、昭和六〇年度では二、四四一・五キロメートル（二一・四パーセント）であり、河原の土地利用状況をみると、自然地が約三分の一で農業地や施設的利用地が割合が増えている。

また、河川横断工作物がない河川は、一三河川に過ぎない。さらに、海岸については、調査対象河川のうち自然海岸が五六・七パーセントであり、昭和五三年から五九年までの変化をみると、自然海岸（五六五キロメートル）が減少し、人工海岸（六九六キロメートル）及び半自然海岸（一一七キロメートル）が増加している。その増減の内訳をみると、砂浜、岩石海岸が減少し、埋め立て海岸が増加しているなど湖沼、河川及び海岸は、干拓・埋立等や岸辺の人工化が進行している。

　平成四年九月に公表された環境庁の第四回自然環境保全基礎調査・海域生物環境調査結果では、一九四五年以前には日本には八二、六二一ヘクタールの干潟が存在していたのであるが、昭和五三年には五三、八五六ヘクタールとなり、この間に日本の干潟の三五パーセントもの面積が失われた。諫早干潟の喪失にも見られるように干潟の減少さらに続いており、日本の干潟は極めて深刻な事態となっている。特に近年の減少面積を見ると、昭和四〇年～昭和四四年は、七、四三二ヘクタールの減少（毎年約一、五〇〇ヘクタール減少）、昭和五〇年～昭和五四年は一、四八五ヘクタールの減少（年約三〇〇ヘクタール）、昭和五四年～平成四年年は四、〇七六ヘクタールの減少（年約三〇〇ヘクタール）であった。この減少の数字には、諫早をはじめとする現在進行中の埋め立て事業により失われかけているものは含まれていないため、実際に残る干潟はより少なく、失われていく干潟面積はもっと大きい。これらの減少理由の四三・五パーセントは「埋め立て」である。現在の埋め立て事業の根本的な見直しがなされない限り、「干潟」という自然環境の保護は望めない。

　　　　このように生物の多様性は国際的にはもちろん、わが国においては特に深刻な危機に陥っている。汚染物質を出して他の生物を滅ぼして、生態学的地位を優位に保つ生物は一時的には固体数を増やすが、自分自身がつくり出した環境に適応できなければやがてはその生物が滅んでいくというのは生態学的常識といわれている。この常識は人間にもあてはまろうとしているのである。現代社会では人類は岐路に立っており、ここに人間の地位が他の自然物と比較して特別に地位にないことが強調されなければならない根拠がある。

　四　「自然の権利」、自然の価値及び自然の公共的価値

１自然の公共性及び公共性についての視座の転換

　結局、「自然の権利」とは自然に高い公共的価値、経済的利益とは区別された高い価値を認め、それを自然保護団体など当該自然の保護のために最も熱心に活動する者が代弁して実現するという内容を持つ考え方である。自然の価値を代弁する行動は、代弁する者の立ちがから見れば、自然を保護する神聖な義務を履践する行動であり、かつ自然環境を享有という権利を実行する行動となる。この義務を履践し、権利を行使する内容は自然享有権と呼び、日本弁護士連合会がつとに提唱してきた権利である。従って、「自然の権利」と自然享有権とは表裏の関係に立ち、守られるべき自然の立場から見れば、それは「自然の権利」であり、守ろうとする人の立場から見れば自然享有権ということになる。この「自然の権利」が示す自然保護の新しい考え方は自然の持っている公共的価値、自然保護政策という公共政策についても視座の転換を迫るものである。

２　自然享有権は「自然の権利」を代弁する権限ということになるが、それに基づく自然を保護する行動は全国民の権利であると同時に神聖な義務であるととらえるのである。それは、権利を行使する者に未来世代をも含めた全人類的利益の代弁者としての役割、高い公共的価値の実現者として役割をも担わせている。そのため、自然享有権を理解するためには憲法一三条が保障する人格権の発展としての側面とは別に、「自然の権利」（＝自然の公共的価値）を実現するに当たっての国民の役割を考察する必要がある。自然享有権はある意味では公共の実現者としての地位を国民に付与するものであるため、このような地位を国民に与えることの従来の「公共」の理念から是認されるかが検討されなければならない。

３　公共性に対する視座の転換

　　前記のように、自然には高い公共性があるわけだが、いわゆる公共性の意義についても近時は大きな視座の転換が迫られている。公共とは国家政策の実現を表すものとして考えられ、従来は人権を制約する原理として働いてきた。しかし、公共の名のもとに進められた産業政策が、多くの公害事件を産みだすに及んで徐々にその意味に関する検討が始まり、特に大阪空港訴訟や名古屋新幹線訴訟などの公共事業をめぐる訴訟の中で、公共性の今日的意義が積極的に討議されはじめた。そして、公共性の意義も市民の権利や民主主義を実現する政策として認識すべきであると考えられはじめている（室井力「国家の公共性とその法的基準」、室井力外編『現代国家の公共性分析』日本評論社三頁以下）。個人の尊厳を中核として、基本的人権の尊重、民主主義を大原則とする日本国憲法の姿勢からすれば、公共性に対するこのような視座の転換は当然のことといえよう。

　４　自然保護と公共性

　　自然保護が、個人の尊厳、基本的人権にかかわる問題であることは公知のことがらである。自然の公共性も国民の利益から超絶して、国家的、抽象的利益として論議すべきではなく、現在及び将来の国民一人一人の利益を実現する政策として位置づける必要がある。自然環境の持つ高い価値を考慮すれば、自然の存在に公共性があることは明らかであるが、その公共性は現在及び未来の国民一人一人にとって価値があり、自然が維持されることが、自然享有権の保障となるが故に公共的価値があるとされるいうべきである。豊かな自然を享受する権利が、国民の環境権、自然享有権として保障されるべきものである故に自然の存在、あるいは自然保護行政に高い公共的価値が存するのである。

　５　「自然の権利」と公共性

　ところで、自然の価値は人にとって不可欠なものであるが、一人一人に還元するときには抽象的傾向、拡散的傾向を持つことは否めない。しかし、一方で自然の価値は厳然と存在し、どのような経済的利益があろうとも侵してはならない領域が存在することが徐々に人々の認識になりつつある。また、開発に当たって、自然生態系が長い年月をかけて築き上げてきた、生物・非生物の相互関係を維持させることが必要なことであると考えられるようになっている。その手法として、自然保護の趣旨から、国家も含む人の行ってはならない範囲を「自然の権利」として確定し、自然のための適正手続きを確立させることが急務となっているのである。

　　結局「自然の権利」とは、抽象的傾向、拡散的傾向を持つ自然の公共的価値を、当然に価値あるものして扱い、自然物の権利として、具象化し、固定する作業に他ならない。藤前干潟は後に述べるように守られるべき自然として高い公共的価値を持つ。その価値は都市における環境的資源として、遺伝的資源として、文化的資源、あるいは学術的資源として高い価値を持つ。さらに、人の内なる自然性という、人の根源的価値に係わるテーマも提供するであろう。藤前干潟という自然の持つ多様でかつ、はかり知れない公共的価値が、総体として藤前干潟の権利、そこに生息するアナジャコ等の底地性生物らの権利、渡りの中継地として飛来するシギ・チドリたちの権利として固定化され、具象化されるのである。

　６　何故、「自然の権利」と呼ぶか

　　本件において、原告らは自然の公共性という用語を使わず、「自然の権利」という用語を使用している。それは、自然の視点に立って自然を保護すべきであるという考えを最もよく表現するからである。自然はひとによって特定の価値ある故に保護するものではなく、自然自体当然に価値あるものであるから保護すべきである。それは、自然それ自体のことを考えて保護する姿勢であり、ちょうど、子供の権利を親が代弁して行使するように、環境ＮＧＯが「自然の権利」を自然の立場にたって自然の利益を代弁するのである。また、自然の立場にたって、一つの手続内で論争する過程は自然のための権利行使であり、それは「自然の権利」と呼ぶのが最も相応しいのである。

　７　「自然の権利」の行使

　「自然の権利」は自然の公共性の固定化、象徴化である。さらに、人格権から環境権、さらに自然享有権への発展、一方で公共性に関する視座の転換などを考慮するとき、自然の公共的価値を実現するための制度、解釈、すなわち、「自然の権利」を承認する制度、解釈と自然を享有する国民の権利とが実際上は重なりあってくる。むしろ、野生生物を守る諸政策は国民の自然享有権を実現するものとして理解される必要があるし、「自然の権利」が実現されるという公共政策の実施とも考えられるのである。

　アメリカにおいて発達した公共信託の理論が示す、社会契約、民主主義と海浜などへのアクセス権利、その保全政策に参与する権利との結びつきは自然享有権の理論的背景となるであろうし、自然享有権のもとで組み立てられる政策の指針ともなろう。現行法上も「環境基本法」第三条が環境の利益を「現在及び将来の世代の人間が享受する」必要性を訴え、同法第九条が環境保全への国民の義務を定めていること、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」第一条、第二条三項などにも同様の規定あり、これらの法規が自然環境が持つ、国民にとっての価値と国民の責務とをくみあわせていることは自然享有権という考え方及び右のような自然環境の公共性の趣旨から理解できるものである。

　そして、自然保護を自然享有権といった国民の利益から出発するとき、日本国憲法が保障する国民主権、地方自治、民主主義、基本的人権の尊重から導き出される自己決定のルールから言えば、自然保護行政における意思形成過程には国民の関与を認めるべきであるし、行政が国民に付託された趣旨を逸脱した自然行政を実施すれば一定の範囲で国民にそれを是正する権限が与えられるべきなのである。それは自然保護における適正手続きに他ならない。従って、自然保護のための国民による参加と防衛のルールは現行法のもとでも必要なルールとして、制度運用、法解釈にあたって認識されねばならないし、自然保護のための新たな制度を創造する際にも、このルールが基準とされることになる。

第五　被告による自然破壊と違法性

　一　被告のアセスメント実施責任

　　１国際法に基づく実施責任

　　(1)　グローバルコモンズについて

　既に述べたように環境問題は、地球規模で世代を超えた問題となっている。現代の世代は地球生態系の基本的生命維持能力を減ずることなく将来の世代へ伝えなければならない。その生命維持能力を支える気候系や自然系、生物種、世界遺産などといったグローバル・コモンズの管理は人類共通の国際的緊急な課題である。こうした将来の世代に対する義務は、二国間の相互的義務ではなく、地球社会全体に対して負う普遍的義務である。

　湿地をグローバル・コモンズとし普遍的義務を定める国際条約としては、次の四つが知られている。

(1)　できるかぎり多くの生物種と変異性に富んだ遺伝子を残し、生物資源及び遺伝子資源の持続可能な利用の促進を目的として一九九二年に締結された「生物多様性条約」。

(2)　生命と文明のゆりかごである湿地の保護とその賢明な利用を目的として一九七一年に締結された「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」（以下「ラムサール条約」という）。

(3)　文化遺産と自然遺産を将来の世代に引き渡し、それらを保全利用することを目的として一九七二年に締結された「世界遺産条約」。

(4)　渡り鳥の保護およびその生息環境を保全する目的でわが国とアメリカ、ロシア、オーストラリア、中国との二国間で締結された「渡り鳥条約」。

　ラムサール条約および世界遺産条約にあっては、登録地以外にも保全管理義務を定めており、また生物多様性条約は身近な自然も対象にしているのであり、自然科学的に登録湿地と同等の価値を持つ藤前干潟は、当然直接にこれら条約の対象になる。藤前干潟は、これらの条約の登録地等に指定こそはされていないが、既に述べたように、藤前干潟の重要性は自然科学的にみて、間違いなくグローバル・コモンズに属するのであり、これらいずれの条約においても最も重要な区域といえる。そして、ラムサール条約および世界遺産条約にあっては、登録地以外にも保全管理義務を定めており、また生物多様性条約は身近な自然も対象にしているのであり、自然科学的に登録湿地と同等の価値を持つ藤前干潟は、当然直接にこれら条約の対象になる。

　　(2)　条約等国際法の国内への直接適用

　条約が国内において効力を有するためには、それが当該国によって受容されている必要があるが、わが国の場合は一般的受容かつ自動的受容を採用しており、特別な国内措置を必要としない。そして、受容された条約は、わが国においては憲法の下位ではあるが法律に優先するものとされる。さらに進んで特定の条約が何の国内的措置もとらずに直接適用されるかどうかについては、一般的に条約の性質によって決まり、条約の規程が明確である場合には直接適用があるとされる。

　自然環境に関する条約もこのことがあてはまるが、この場合、自然環境に関する条約は、枠組み的規定を定めるにとどまり、基準やガイドラインも法的拘束力を持たせていないため、まったく直接適用がないかに思われる。

　しかし、自然環境問題が南北問題と密接な関連を有することや、自然そのものが地域的特殊性を持つことなどから、条約の「効果的な実施」をはかるために、あえて自然環境に関する条約については、枠組み的規定を定めるにとどめ、基準やガイドラインも法的拘束力を持たせていないのである。

　したがって、条約の「効果的な実施」という観点からは、特に先進国に対しては、基準やガイドラインを積極的に適用することが求められており、これらの条約本体およびガイドラインで確立している基準は、ソフトローとして拘束力があるというべきである。

　すなわち、当然に関連する環境法規の解釈基準となるし、条理としてあるいは一般条項を通して間接的な適用がある。　また、保全ができない場合、それらを定めた締約国会議に根拠を呈示し説明をするという責任も発生する。

　　(3)　本件干潟が生態学的にも非常に重要な価値を持っていることは既に述べたが、

藤前干潟の野生生物の状況からすれば、本件干潟は当然にラムサール条約上の登録湿地とされてしかるべきである。本件干潟の価値を考えれば被告らにはラムサール条約及び自然保護関係条約、自然保護に巻知る国際秩序に基づき環境アセスメントを適切に実施する義務があるというべきである。

　　２　国内法規

　　(1)　環境基本法第二〇条は、

　「土地の形状の変更、工作物の新設その他これらに類する事情を行う事業者が、その事業の実施に当たりあらかじめその事業に係る環境への影響について自ら適正に調査、予測又は評価を行い、その結果に基づき、その事業に係る環境の保全について適正に配慮することを推進するため、必要な措置を講ずるものとする。」

　としており、本件藤前干潟埋立事業を行う事業者の名古屋市等は、環境基本法上も、自然環境の保全について適正な配慮をする義務を負っており、その義務のなかの一内容である環境影響評価手続き（アセスメント）を適正に行う義務を負っているのである。

　　(2)　公有水面埋立法

　本件藤前干潟埋立事業は、公有水面を埋め立てるとの計画であると被告が位置付けているため、公有水面埋立法に規律される。

　そして、同法第四条は、公有水面埋立の免許の出願に対し、都道府県知事（港湾域内については港湾管理者の長）が免許をなす基準を定めており、特に同法第四条第一項二号は、「其ノ埋立ガ環境保全及災害防止ニ付十分配慮セラレタルモノナルコト」を要請し、同法第四条一項一号は、「適正且合理的ナルコト」を要請している。さらに、同法第二条、同法施行規則第三条は、埋立免許出願に際し、環境保全に関し講じる措置を記載した図書を添付することを定めている。

　公有水面の埋立を行う名古屋市等は、公有水面埋立法上、自然環境の保全について適正な配慮をする義務を負っており、その自然環境の保全について適正な配慮をする義務のうちの具体的な一内容である「環境影響評価手続き（アセスメント）を適正に行う義務」を負っているのである。

　　(3)　名古屋市環境アセスメント要綱

　名古屋市は、名古屋市環境影響評価についての指導要綱を有しており、愛知県は、愛知県環境影響評価についての要綱を有している（昭和六一年三月三一日告示第三六〇号）。

　各要綱によって、名古屋市等は、自然環境の保全について適正な配慮をする義務を負っており、その義務のなかの一内容である環境影響評価手続き（アセスメント）を適正に行う義務を負っているのである。

　二　環境影響評価（アセスメント）の意義

　　１　以上に示したとおり、本件藤前干潟埋立事業を行うに際し、

事業者である名古屋市等は、環境評価手続き（アセスメント）を適正に行い、自然環境の保全について配慮する義務がある（ラムサール条約等、公有水面埋立法四条等、環境基本法二〇条等、名古屋市環境影響評価指導要綱一条等、愛知県環境影響評価要綱一条等）。では、適正なアセスメント手続きとはどのようなものであろうか。

　　２　自然環境に対する多角的評価の必要性

　環境影響評価は「環境」に対する影響を「評価」する手続きであるが本件での環境は干潟に展開する自然環境であるが、それが失われることによって生じる価値の喪失は自然環境が人類にもたらす価値の多様性を考えると、環境影響評価手続き（アセスメント）を行うには、自然環境の多面的な価値及び重要性の把握は不可欠である。

　この点、環境基本法では、「環境の保全は、環境を健全で恵み豊かなものとして維持することが人間の健康で文化的な生活に欠くことのできないものであること及び生態系が微妙な均衡を保つことによって成り立っており人類生存の基盤である限りある環境が、人間の活動による環境への負荷によって損なわれるおそれが生じてきていることにかんがみ現在及び将来の世代の人間が健全で恵み豊かな環境の恵沢を享受するとともに人類の存続の基盤である環境が将来にわたって維持されるように適切に行われなければならない」（同法三条）ことや、「環境の保全は、社会経済活動その他の活動による環境への負荷をできる限り低減することその他の環境の保全に関する行動がすべての者の公平な役割分担の下に自主的かつ積極的に行われるようになることによって、健全で恵み豊かな環境を維持しつつ、環境への負荷の少ない健全な経済の発展を図りながら持続的に発展することができる社会が構築されることを旨とし、及び科学的知見の下に環境の保全上の支障が未然に防がれることを旨として、行われなければならない」（同法四条）ことなどをうたっているおり、環境影響評価手続き（アセスメント）を実施する者は、自然環境の多様な価値を及びその重要性を真摯に受け止めるべきである。

　　３　基礎調査の科学性の必要性

　判断の前提となる自然環境の調査について生態学などに基づいた科学的調査が必要であることは言うまでもない。調査自体に科学性がなければそれを前提に行う判断に合理性は担保されない。本件干潟に関して言うならば、本件干潟の土壌の質、底地性生物の分布、飛来する鳥たち種類、生態、などに沿って、調査を行うことが必要であるし、当該生態系の生物、非生物の相互関係を総合的に理解する上では既存の統計資料のみならず、一定年限の実態調査が不可欠である。調査対象も生物たちが当該事業区域外とも相互に影響しあう関係であるならば、当該事業区域に限定することが不合理であることは言うまでもない。さらに、特定の科学的調査、科学的判断は多くの調査との比較に置いて徐々に真実に近づくものであるから、アセスメント実施主体が行った調査は絶えず公開され、一般公衆の批判にさらされてこそ、客観性が担保されると言わなければならない。環境影響評価手続き（アセスメント）において、自然環境の保全を配慮している国内外の意見書、環境庁の意見等を参考にする必要もあることはいうまでもない。

　　４　実施しないことも含めた代替案検討の必要性

　環境アセスメント手続きは一九六九年、米国国家環境政策法において制度化され、米国ではその後何度かの改正が重ねられ、今日においても環境保護政策の重要な要となっている。国家や自治体、企業などが特定の開発行為などを実施するに当たって、環境に対する影響を調査し、事前に予測、評価する外、防止策を検討するなどして、自然保護の観点から当該政策、事業実施の是非を判断する手続きを言う。それは、特定の政策、事業を実施するか、しないか等を合理的に意思決定するための手続きである。意思決定のための手続きである以上、特定の目的が必要であることは不可欠である。環境アセスメントの目標は当然のことながら、事業によって破壊され、あるいは影響が及ぶとされる自然の保護にあることは言うまでもない。また、特定の政策、事業に関する意思決定の合理性を担保するものである以上、そこでは当然に実施しないことの合理性も検討されることが論理的にも導き出される。さらに、経験則上、他の可能な代替案との比較検討が評価する上で必要不可欠である。

　三　被告のアセスメント義務違反

　　１　多面的価値及び重要性の無視

　埋立予定地である藤前干潟には、多面的な価値が認められ、人類にとっても大変な重要性があることは繰り返し述べてきたとおりである。　しかし、本件アセスメント手続きには、本件埋立事業実施を前提に行われており、後に述べるように本件埋立行為が干潟という自然生態系に与える影響を過小に評価するほか、次に述べるような自然環境の多面的価値及び重要性について触れられていない。本件アセスメントは、

(1) 国際的に認められた貴重な渡り鳥の休憩地としての価値
(2)干潟生態系の極めて重要な浄化機能等の価値
(3)バードウォッチング等を趣味とするような人格的権利としての価値
(4)環境教育の場所であるとの価値
(5)国際交流の場所であるとの価値
(6)諫早湾等の干潟喪失のなかでの歴史的価値

　等についての調査、検討、評価が全くといっていいほど行われていない。名古屋市は考慮すべき事項を考慮せず、考慮した事項についても過小な評価を繰り返しているのである。名古屋市はあくまで実施を前提に帳尻を合わせようとしているに過ぎず、到底環境配慮義務を尽くしたとは評価できないものである。

　　２　非科学的・恣意的・不公正な調査

　　(1)　鳥類に対する影響

　　　(1)　調査の季節

　環境庁が指摘するとおり、鳥類への影響を正確に把握するには、「季節を通じた調査が前提である」ことは当然である。

　そして、藤前干潟をシギ・チドリ等の渡り鳥が利用する時期は春と秋である。

　すなわち、シギ・チドリ等の渡り鳥は、越冬地であるオーストラリアから繁殖地であるシベリアの湿地帯までの渡りをする際の春と秋に、藤前干潟に滞在するのである。

　そして、それらの渡り鳥の滞在期間は、秋よりも春の時期の方が短いため、渡り鳥にとっての藤前干潟の重要性は、春の方が大きいのである。

　ところが、平成六年の調査が行われた季節は、シギやチドリ等の渡りの時期である春及び秋の時期をはずした時期に行われている。

　また、平成九年秋の調査についても、渡りの最盛期である春には行われていない。

　この点について、名古屋市等は、モニタリングと称する行為を行ったと主張するようであるが、右モニタリングは、平成九年秋の調査とは異なり、レーダー等の観測器具を使用せず、鳥類の正確な位置を把握できないような平成六年の調査同様の不充分なものであり、本件アセスメントが要求されている調査を実施したとは到底評価できないものである。

　ちなみに、平成六年の調査は、環境に対する評価が訂正されていること、浄化機能や際餌量等のデータ等が訂正されていること、評価審査委員が不充分であるして追加調査を要求していることから分かるとおり、不充分であることは当然の前提であり、争いのないところである。

　このように、シギ・チドリ等の渡り鳥の最盛期である春の時期を外して調査を行った本件アセスメントは、恣意的と言わざるをえない。

　　　(2)　調査の時間

　本件アセスメントのために平成九年秋の調査が行われた時期は、ちょうど藤前干潟の最干潮時が夜間となっていた。

　そして、シギ・チドリ等の渡り鳥の採餌行為は、主に干潮時に干潟が表出する時間帯に行われると考えるのが普通であろう。

　ところが、驚くべきことに、本件アセスメントでは（平成九年秋の調査も含めて）、夜間には行われていない。

　そもそも、採餌行為の行われる干潮時の調査を行わずに、鳥類への影響を正確に判断することはできるはずがない。

　それにも関わらず、本件アセスメントでは、当時鳥類が主に採餌行為が行なっていたと推測される夜間の調査を現実には全くしていないことを、本アセスメントの検討の際に見過ごすことはできない。

　　　(3)　逃避距離の無視

　人間一人が立った時の鳥への非干渉距離は、ダイサギで一九五メートルという研究結果がある。

　そして、ダイサギより神経質であるシギや、大きく腕の長い重機の稼動に敏感なシギ・チドリ等の群行動列を考えると埋立工事の影響は二〇〇メートルを越えるものになることが予想される。

　そこで、本件藤前干潟埋立事業が完成すれば、埋立計画地より餌の乏しい埋立計画地より数百メートルも離れた場所に移動せざるをえなくなる。

　また、本件藤前干潟埋立事業は、干潟を含む水域の中央に半島状の埋立地を造成することから、その結果、一体となった干潟が分断されることとなる。

　生息場所の分断、孤立化により鳥類の利用可能範囲がより狭まり、さらには、干潟の生態的な安定性も減少することが予想される（エッジ効果）ことから、鳥類に対する影響を調査、評価する際には、生息場所の分断、孤立化が及ぼす影響を十分考慮する必要がある（エッジ効果を考慮する必要がある）。

　ところが、本件アセスメントは、逃避距離及びエッジ効果に対し全く評価をおこなっていない。

　右点も、本件アセスメントの科学性を疑わせるものである。

　　　(4)　利用率のトリック（渡りの特徴が考慮されていない）

　鳥類の採餌に伴う摂取エネルギーは、基礎代謝分と余剰分に分けることができ、そのうちの余剰分が渡り鳥の渡りの成功率に大きく影響を与えると考えられている。

　そして、渡り鳥が休息する場所は極めて限られているため、採餌量のわずかな減少であっても、渡りの成功率に影響を及ぼすと考えられている。

　すなわち、採餌する必要量の一割が欠けても、三割が欠けても、五割が欠けても、一万キロを越す渡りを完遂するためには致命的な障害になるのである。

　ところが、本件アセスメントでは、利用率というものを採用して影響を判定しようとしている。

　しかし、その実態は、渡り鳥の生態、種ごとに異なる生態や、採餌や休憩の行動の違い等一切を無視して、全種、前日、年間の平均を出すという、何の科学性も意味もなく、ただ分母を大きくして藤前干潟での鳥類の採餌に利用する実態を小さく見せるという手法である。

　さらに、それらの恣意的手法を補強するために、「干潟の面積比×干出時間比」との計算方法が用いられている。

　しかし、シギ・チドリ等の渡り鳥は、干潟の中でも餌の豊富な藤前干潟の部分を選んで利用しているものであり、又餌の採ることが可能な時間である干潮時に（完全に干潟が干出している必要はない）利用しているものである。

　右事実が、渡り鳥の採餌生態である。

　したがって、渡りに必要な採餌量及び渡り鳥の採餌生態の実態を、利用率という手法を採用することにより、誤った評価に導いているのである。

　以上のような本件アセスメントにおける利用率という手法の導入は、やはり恣意的・非科学的なものであり、また不充分であることを明白に示している。

　　　(5)　年変動が考慮されていない

　また、本件アセスメントでは、毎年データが変更することも考慮にいれていない。

　　(3)　藤前干潟の浄化能力に対する評価について

　　　(1)　実態調査の欠如

　本件アセスメントでは、藤前干潟の水質浄化能力量の推定に、砂質性の盤州干潟（千葉県）の生態系モデルが使用されている。

　しかし、藤前干潟は、盤州干潟と異なり、日光川河口地区及びその周辺干潟のような有機質に富んだシルトの多い干潟であり、生態系モデルは藤前干潟独自のモデルを使用しなければ正確かつ十分な調査、評価は出来ないはずである。

　また、干潟の特質すべき価値は、前述のとおり藻類（植物性プランクトン）の光合成による有機的生産（一時生産）能力であるが、本件アセスメントに使用された生態系モデルは、干潟生態系で最も重要な底性付着藻類の有機物生産（一時生産）による栄養塩吸収が全く考慮されておらず、さらに鳥類や魚類による取り上げも全く考慮されていないような不完全なモデルであった。

　その結果、本件アセスメントは、まず現地の生態系モデルを調査しないまま、不完全かつ生産性の低いモデルを使用したことから、藤前干潟の浄化能力を過小評価することとなっている。

　　　(2)　調査の深さ

　本件アセスメントでの水質浄化能力についての生物量を調査する方法は、スミス・マッキンタイヤ型採泥器を使用した。しかし、右スミス・マッキンタイヤ型採泥器は、深さ一〇センチメートルまでしか採取できず、それを越える深さの生物量を調査することはできない。一メートル以上の深さにいるアナジャコ等の大型甲殻類は全く考慮されないのである。ところが、アナジャコ等は、前述のとおり、それ自身が懸汚態有機物を摂取するため水質浄化能力に優れ、その測定には不可欠の存在である。

　また、アナジャコ等の巣穴には、エビやカニなどの数種類の底性生物が共生することが知られており、またアナジャコ等の呼吸のために起きる水流によって、干潟の深部まで酸素を含んだ海水が送り組まれることから、巣壁への好気性細菌の共生を可能にするため、アナジャコ等の存在が結果として干潟表面積を増大させており、藤前干潟に多数生息しているアナジャコ等の大型甲殻類は、その意味でも水質浄化能力の測定には不可欠の生物である。

　名古屋市は、深さ一〇センチメートルでは採取できないアナジャコ等の生物がいることを認めいるものの、前述で示したアナジャコ等の大型甲殻類の重要性を完全に無視しており、アナジャコの現存量推定等は結局されていないままである。もちろん、再度深さを増して調査し直すことも未だにされていない。

　名古屋市は一〇センチメートルを越える部分に生息する生物たちを敢えて無視することにより、藤前干潟の浄化能力について意図的に過小な評価を作り上げたのである。

　　　(3)　栄養塩の評価をしていないこと

　前述のとおり、干潟の特質すべき価値の一つに、底性付着藻類等よるチッソ・リン等の栄養塩を減少能力、汚濁負荷量を減少能力があるが本件環境アセスメントではこの点考慮していない。

　本件アセスメントでは、水質浄化機能をないものと決め付け、事業で計画されているゴミ処分場から出る汚水について、「直接海には出さず、上流の公共下水道に放流するから」ということを理由として、チッソ・リン等の栄養塩などの藤前干潟及びその周辺地域に流れ出る汚濁負荷量の評価を不要としている。しかし、水に溶けたチッソ・リン等の栄養塩は、下水道処理場ではほとんど処理できないものであり、下水道に放流するからといって汚濁負荷量の評価を不要とするのは悪質なトリックである。

　本件アセスメントは、「埋立が完了する時点では、下水道の普及と総量規制の効果が上がるから」として流入負荷量を減らして計算している。　しかし、埋立が完了する時点で下水道が普及するとの根拠は全くない。

　　　(4)　潮汐等の影響を無視

　また、本件アセスメントで水質浄化能力の推定に使用された富栄養化モデルは、分解速度、沈降速度、及び底泥の溶出速度等の諸係数については、実験室での結果をそのまま用いたものであり、潮汐等の影響を考慮した現地の調査結果ではないものである。

　　　(5)　場所の選定

　平成九年秋の調査では、数十センチまでの調査が六箇所の地点が調査されているが、不思議なことに埋立計画地内の調査は二箇所のみである。

　そして、さらに埋立計画地内の調査地点の一箇所は、硫化水素臭がし、富栄養化の著しい特異な場所が選ばれている。

　このような場所の選定も、藤前干潟の浄化能力について過小評価をするための恣意的な方法の一つである。

　３　代替案の未検討

　　(1)　本件アセスメントは、

「自然環境への影響」と認めているにも関わらず、その回避、軽減の検討は全くされていない。名古屋市は、名古屋市の新たなごみ埋立処分場用地を確保するためには本件干潟を埋め立てる以外には方法がないとしている。しかし、アセスメント手続きの本質から言って、代替案の検討は不可欠であった。また、これまで述べてきたとおり本件干潟が自然保護上重要な地域であることに鑑みれば、まず考えなければならないことは、干潟の環境を保全すること、それを残すことであって、そこでの開発は極力避けるべきが前提である。環境アセスメントは本件事業を実施しないことも含めて、他の代替措置との比較に置いて実施することが不可欠であった。市民団体等や環境庁などからも代替措置の検討をすべきと指摘されているにもかかわらず、名古屋市は、代替案の検討を怠ってきている。

　　(2)　名古屋市のごみ行政の遅れ

　名古屋市によると、愛岐処分場、守山南部処分場、船見処分場は三年間で満杯になり、二〇〇一年には名古屋市のゴミ埋め立て処分場は満杯になるとしている。それを前提に、名古屋市は、代替地を検討する時間的余裕がない、かつて代替地を検討したが、適当な場所がなかったとしている。

　しかし、まず、ゴミ減量化の努力次第で、現在の最終処分場の延命を図ることができるのである。

　名古屋市においては、一九八二年に南区で始まったビンの分別収集についても、一九八四年に千種区、一九八六年に瑞穂区で開始されたが、缶に関しては、一九九二年からである。昭和区では、一九八六年に缶・ビンの分別収集が開始され、港区（一九九四年）、中川区（一九九五年）、緑区及び天白区（一九九八年）と続き、ようやく一六区中九区に広がったに過ぎない。しかも、ここ数年の名古屋市の資源ゴミ収集実績表を見る限り一九九七年度の缶・ビンの収集量は一四、九二八トンで、一九九五年に比較して三一三トンしか増加しておらず横這い状態である。

　このように、名古屋市では現在まで再資源化できるものも、多くが埋め立てられてきたといっても過言ではなく、名古屋市のゴミ減量化への取り組みは極めて不十分であった。本件ではそもそも、藤前干潟を埋め立てる必要性など無かったのである。

　　(3)　ゴミ処分場代替地の存在

　　　　ごみ処分場としては名古屋港南五区（愛知県知多市）等他に代替地が存在する。

　名古屋港南五区を管理する財団法人愛知臨海環境整備センター（ASEC）によれば、名古屋市の要請があれば、名古屋市からの焼却灰の受け入れを検討する旨明言している。ASECでは、一九九三年度末までの産業廃棄物の処分量が当初計画の半分程度しかなく、今後も大幅な増加は見込めないとの事情から、一九九五年度から尾張・知多地方の自治体から一般ごみ焼却灰も受け入れるようになっており、名古屋市のごみ焼却灰をASECに搬入することは、十分に可能である。

　また、名古屋港西五区（愛知県弥富町）には、十分空地が存在しているが、この地は従来から代替地の候補地とされてきた。ところが名古屋港管理組合は遊休地であったこの土地に近時ゴルフ場開発を始めるに至った。同地は二五年間も放置されてきた埋立地である。最近になってゴルフ場開発を実施する必然性は全くない。右ゴルフ場開発は代替地としての検討可能性をなくすため敢えて実施されたとしか考えられない。

　　(4)　環境庁も、名古屋市が進めてきたアセスメントについて代替地の検討を含めて

環境に万全の配慮を払うよう要請するなど名古屋市に指導してきたが、名古屋市はかかる検討をしようとしていない。そして、最近になって環境庁は、「名古屋市は、代替地を真剣に探した形跡が見あたらず、市のごみ減量とリサイクルの取り組みが遅れており、干潟を埋めても一〇年しかもたない」と、厳しい姿勢を示している。

　　(5)　本件ではあくまで事業を実施することを前提にアセスメント手続きが進められて

きた。名古屋市は当然中止することによって守られるべき利益について調査、判断すべきだったのである。

　４　不可能な代償措置

　　(1)　名古屋市は本件埋立について人工干潟をもって代償措置となし、

自然環境に対する影響を減少させることができるため、埋立処分を実施できる者としている。名古屋市の代償措置はおよそ非科学的で次に述べるとおり考慮に値しないものである。そもそも、事業者である名古屋市等は人工干潟などの代償措置を設けると言いつつその具体案すら示していない。このような具体案もないまま代償措置を行うことを理由に事業の遂行を是認するのであれば、アセスメントなど全く意味のないものとなってしまう。

　　(2)　人工干潟の非科学性

　名古屋市等は、本件藤前干潟埋立の代償措置として、「既存干潟の改良」を行うことで足りるとしている。既存干潟の改良とは人工的に干潟を建設することであるが、そして人口干潟が天然の干潟同様の効果を上げた例は世界的にも未だ報告されていない。

　そもそも、干潟は周辺の海と連続しており、干潮期に陸化する部分を保護すればよいと言うものではない。人工干潟は海と干潟の連続した部分を破壊し、生態系の新たな分断を招くものである。また、隣接した浅い海を新たな埋立により新たな破壊する結果となり、開発規模の拡大を招くものであり、代償どころか、自然環境への圧迫をさらに拡大する者となるのである。そもそも、本件庄内川河口付近一帯の自然状態からすれば、干潟ができあがる区域は干潟ができあがる必然性を持っていると考えねばならず、その自然状態の地形と異なる人工干潟を作ったとしても、到底維持管理することはできないと考えられる。

　　(3)　広島県の実例

　実際、人工干潟は、広島県が、広島港五日市地区の天然干潟を埋め立てるに際して、同干潟が有数の水鳥飛来地であったことから、同干潟消滅による鳥類への影響緩和措置として、埋立地に隣接する浅海域に消滅した天然干潟とほぼ同面積の人工干潟を造成した例がある。右人工干潟の竣工時期は一九九一年、総事業費は約四二億円が投入されて建設されたが、潮の流れにより、時間の経過とともに干潟部分はどんどんやせほそり、人が手を入れなければ維持が困難な状態となっている。広島件は同干潟を維持するために、一九九八年までに、すでに合計約一億六〇〇〇万円の維持管理費が投入されている。

　さらにかろうじて残っている部分についても、竣工から約七年後の一九九七年に広島県が業者に委託して実施した追跡調査結果によれば、この人工干潟は全域が貧栄養域となり、粒度組成は一般海域に近い底質環境が形成されてしまっているという。そして、特にシギ・チドリ等の採餌活動が困難な環境条件に変化したことから、鳥類（特にシギ・チドリ等）の人工干潟利用率が激減しているとのことである。

　四　本件埋立事業の違法性（まとめ）

　以上、本件アセスメントは、適正な環境影響評価手続き（アセスメント）とはかけ離れたものであり、アセスメント義務の違反であるとともに、ひいては自然環境の保全について適正な配慮をなす義務の違反であることは明白であり、以上に示したような不充分かつ非科学的・恣意的なアセスメントしかされておらず、合理的な代替案の検討もなく、適正な環境影響評価手続き（アセスメント）を行わないままの状態で遂行されいる本件藤前干潟埋立事業は、ラムサール条約等の国際環境法、公有水面埋立法四条第一項一号、同項二号、同項三号、同法二条、同法施行規則三条等、環境基本法二〇条等、名古屋市環境影響評価指導要綱一条等、及び愛知県環境影響評価要綱一条等に各自違反していること（違法であること）を示してきた。

　その違法性は、藤前干潟とその前面および周辺浅海域の重要性に対する認識がますます高揚し、遅れ馳せながらも環境保全に係わる対応策の諸基準も厳しく改善されている状況下では、本件埋立事業の今後の遂行に関しては、その違法性の程度はますます深刻化していると言わなければならない。

　しかも、破壊される藤前干潟の自然環境の重大性や、本件藤前干潟埋立事業がこれまでみてきたように、そうした人類にとって極めて重大な干潟という自然環境を破壊するものであるにもかかわらず（環境への影響は明らかと被告等も認めている）、代替案の検討等がされていない等合理性を欠く事業であり、アセスメント手続的にも非科学的・恣意的・不充分な点が多く極めて重大な欠陥をはらむものであって、あらゆる面からラムサール条約等の国際自然保護法規、公有水面埋立法四条第一項一号、同項二号、同項三号、同法二条、同法施行規則三条等、環境基本法二〇条等、名古屋市環境影響評価指導要綱一条等に違反することにかんがみれば、その違法性の質は極めて明白であり、限りなく重大なものと評価せざるを得ないところである。

　本件公有水面埋立手続き及びその後の埋立処分は違法な行為であるから名古屋市は実施しては成らないのである。従って、それらに伴う支出行為も当然禁止されるべきであり、違法な埋立処分のための名古屋市による本件埋立用地の所有権放棄行為も禁止されなければならないのである。

第六　本件埋立におけるその他の違法（公有水面埋立法との関係）

　一　前述のように、名古屋市は、名古屋港管理組合との協定に基づき、名古屋市土地開発公社に本件土地を先行取得させ、平成九年七月、公社より本件土地を五、六九二、三九二、二四四円にて再取得した。本件土地に対して所有権を有することについて、名古屋市は再三にわたって明言するところである。

　すなわち、名古屋市の委託を受けて弁護士山本一道が作成した「日光川河口周辺の水面下土地の土地性について」という報告書の「本件土地は、海没地であるが、未だ土地性を喪失しておらず、私法上も所有権の客体たる物としての土地であると考える。」との結論等に基づき、名古屋市は頑迷に本件土地の所有権を主張している。

　名古屋市は右のように本件土地所有権を主張する一方で、名古屋港管理組合との協定の基づき、公有水面埋立手続を進めている。

　　　しかしながら、右手続は次の理由から違法である。

　二　公有水面埋立法の趣旨

　　１　公有水面埋立法一条一項は「公有水面とは河、海、湖、沼その他の公共の用に

供する水流または水面にして国の所有に属するものを謂ひ埋立と称するは公有水面の埋立を謂う。」（原文カタカナ）と定める。

　すなわち、公有水面とは、(1)水流又は水面であること、(2)公共の用に供するものであること、(3)国の所有に属するものであることが要件となっている。

　　２　(1)水面について

　本件が水面（海）であることは誰も争わない。水面とは単なる水を指している訳ではなく、一般的には水流または水面とは、流水又はそれ以外（地下水は含まない）とその敷地とをもって構成される統一体であるとされる。ここでいう水面の意味は水面下の土地の「所有権」も含めた概念である。

　　３　(2)「公共の用に供する」の意義について

　(2)はいわゆる海が自然公物であるところからくる性格で、当然に不特定多数の者の用に供せられる場合を言う。この点、本件において、名古屋市は、本件土地を名古屋市の所有に属すると頑迷に主張し続けており、既に自然公物たる性格を失っている。名古屋市の主張によれば、通常のため池のごとく個人の所有に属する水面であって、自然公物たる水面とはならないことになる。

　　４　(3)「国の所有」の意義について

　(3)の意義についても自然公物たる性格からくるもので、「所有」とされているが、直ちに私的所有を意味するものではない。これは自然公物として国の包括的支配に属する状態を言うのであって、私的な所有と区別される。「国の所有に属する水面であっても、公共の用に供せられない水面については、私法の適用があり、国の所有に属する私有水面である。これらの水面については、埋立法の適用はない」とされている（山口真弘外著「公有水面埋立法」二二頁）。

　　５　名古屋市の頑迷な主張によれば、本件各土地は水面下であるが

名古屋市の土地であるから、西一区はいわば私有水面であり、右公有水面の定義からすれば、公有水面埋立法の適用はないことになる。

　　６　以上から、本件土地は公有水面ではなく、公有水面埋立法により

本件埋立を行うことは不可能であるにもかかわらず、名古屋市は公有水面埋立法上の手続きを進めており、それに基づき多額の費用が出費されようとしているのである。

　三　一物一権主義との関係について

　本件土地について、公有水面埋立法による埋立手続が適用されるとなると、以下に述べるように民法を貫く基本的法秩序が破壊されることになる不都合がある。

　１　埋立免許を得た者は知事の指定期間内に工事を実施することが義務づけられ（法一三条）、工事が竣功した段階で知事の認可を受ける（法二二条）。竣功認可により、免許者は埋立地の所有権を取得する（法二四条）。公有水面埋立法は、公有水面という本来私的所有権の成立しない区域内に、免許を与えることによって、新たに所有権を作り出し、免許権者に与える手続きを言うのである。

　２　本件開発について、公有水面埋立法上の手続きは港湾管理組合が出願の主体であり、埋立後は港湾管理組合が埋立地を原始取得することが予定されている。平成九年三月二五日に締結された名古屋市と港湾管理組合の協定書第六条には、「埋立地は乙（港湾管理組合）が所有権保存登記をし」と明記されている。

　実際、名古屋市が市議会に提出した「西一区事業用地取得後の手続き」と題する書面では、公有水面埋め立て続きに関するフローチャートが記載されており、名古屋港管理組合が埋立地を原始取得すると記載されてある。名古屋港管理組合が免許を得て、開発を竣功した場合には組合が当該土地を原始取得するのである。

　３　従って、名古屋市の主張通りとすれば名古屋市の私的所有権とは別に、公有水面埋立免許に基づく所有権とが重なり合い、一つの土地に二重に所有権が成立することになり、一物一権という民法の大原則に反する結果となる。以上からから言っても、名古屋市の本件西一区が名古屋市の所有とする限り、公有水面埋立手続を進めることは一物一権主義に反し、法秩序を破壊するものであり、違法である。

第七　本件土地放棄の違法

　名古屋市は、右に述べた矛盾を回避するために本件土地所有権を放棄しようとしている。しかしながら、以下に述べるように放棄によって矛盾が回避されるわけではなく、本件土地の放棄は許されない。

　一　放棄本件土地は、一旦名古屋市の所有に帰属しているのであるから、放棄と言っても実質は国に対する譲渡である。国は名古屋市の放棄によって西一区の所有権を取得するのであるが、その場合にもあくまで私的所有の対象となった海を所有しているのであって、公物に変化する訳ではない。名古屋市の所有権放棄によって、国が本件各土地を普通財産として所有するにすぎないのである。

　二　名古屋市は、本件土地をおよそ五七億円で取得した。地方自治法第一条は「地方自治の本旨に基づいて…地方公共団体における民主定期にして能率的な行政の確保を図る…」と定め、同法第二条第一三項は「地方公共団体はその事務を処理するに当たっては、住民の福祉の増進に務めるとともに、最小の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。」と定めている。五七億円で取得した土地を放棄することは、右条項に明白に違反し、行政の裁量権を大きく逸脱する違法な行為である。

第八　まとめ

　以上から、本件埋立は環境配慮義務に違反し、公有水面埋立法に違反することは明白であり、また、公有水面埋立法により手続きを進めることは不可能であることも明白であるにもかかわらず、名古屋市により公有水面埋立法上の手続きが進めらようとしている。

　名港管理組合は、平成一〇年八月二一日に埋立免許を出願しており、名古屋市は実現不可能な埋立手続に対して、多額の出費をしようとしている。

　また、名古屋市は、本件土地を放棄することにより、公有水面埋立手続における矛盾を回避しようとしている。

　しかしながら、放棄により矛盾が解消されるわけでなく、名古屋市の貴重な財産である本件土地を放棄すること自体許されない。

　公有水面埋立手続に対して一旦費用が支出されると支出の多額性から名古屋市に回復困難な損害が及ぶことは明らかであり、また、一旦本件土地が放棄されてしまうと、本件土地を取り戻すことは困難を極め、名古屋市に回復不可能な損害が及ぶことも明白である。

　よって、請求の趣旨記載の通り本件違法な支出及び本件土地の放棄の差し止めを求めて本訴に及ぶ。

証拠方法

　追って、提出する。

添付資料

一　委任状　　　　　通

　　平成一〇年一二月二八日

　　　　　　　　　　　原告ら代理人

弁護士　　野呂　汎

弁護士　　在間正史

弁護士　　籠橋隆明

弁護士　　太田　寛

弁護士　　平井宏和

弁護士　　宮前隆文

弁護士　　兼松洋子

弁護士　　堤　創

弁護士　　新海　聡

弁護士　　村橋泰志

弁護士　　市川守弘

弁護士　　千田巧平

弁護士　　廣田次男

弁護士　　嶋田久夫

弁護士　　管野庄一

弁護士　　坂元雅行

弁護士　　岩崎宣隆

弁護士　　薦田　哲

弁護士　　渡辺正臣

弁護士　　池田直樹

弁護士　　藤原猛爾

弁護士　　谷脇和仁

弁護士　　原　章夫

弁護士　　国宗直子

　名古屋地方裁判所　御中

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